先週の日曜日は年に一度の「ピア・カウンセリング集中講座」でした。
「ピア・カウンセリング」とは、障害者同士のみで行い、いろいろなテーマにそって普段抱えている想いや困っていることを話す場です。
私の職場では年に一度、二泊三日で講座を行っている。
障害者がリーダーになって各テーマについて説明し、参加者同士(リーダーも含め)でテーマについて思うことや感じることを聞き合うという手法を取っているんですけど、
リーダーの欠かせない仕事として「説明するテーマの原稿作り」というのがあり、私はもう8年以上ピア・カウンセリングをやっているが毎回原稿を少し直して使っている。
なぜか…。
参加者が毎回変わるということと、制度についての説明やバリアフリー関係の情報が一定ではないという理由
制度…、の方よりも参加者が毎回変わるというポイントの方が大きいと私は原稿を直していて感じること。
正直、以前はピア・カウンセリングが嫌いだった。(今でも少しそうだけど笑)
でも、ある時からその気持ちが薄れていって、自分の中でピア・カウンセリングを自分を表現する1つのパフォーマンスだという考えが出てきた。
何より、ピア・カウンセリングを体験した後の参加者の表情を見ると、「やって良かった!!!!!!」と素直に感じることができる。
たぶん、スポーツ選手やアーティスト(歌手、俳優)と似たような感覚なのかな。
カッコよく表現しすぎかな笑
参加者がいないとピア・カウンセリング講座は成立しない これは今は亡き先輩スタッフから教えてもらったことで、私もピア・カウンセリングが終わる時にここからそう思い感謝している。
もちろん、参加者だけでなく介助者に対しても同じ気持ちでいる。
伝えるって簡単にできてしまうけれども、しっかり準備してステージに立たないとそこに来ている参加者やお客さんにパフォーマンスしていないここと同じだと思う。
もちろん普段の生活でも、介助者や職場のスタッフ・家族や自分に関わる人たちにおいても同じだと思う。
どこかの言葉で「言葉は使いようによっては武器にもなるし、相手の心を癒すクスリにもなる」って誰かが言ってた気がする。
My Action General producer・Performer Sugiyama