横断歩道を渡る前の僕

支え合いの本質…。

年齢・世代で相手のことを判断しないようにと心がけている中で、僕にとっての常識だとかこうあるべきといった考えから少しでも逸れた人を目の当たりにすると“何で?”といった想いが湧いて、決して相手のことを責めようといった想いではなく純粋に相手の行動や言葉の意味を知りたくなってしまいます。
それらが時にはハラスメントや相手にとって嫌な気持ちにさせてしまうこともあるので、それでは表面上の関わりになって無機質で思いやりが全くないものになってしまうと思うと、本当にそういった関わり方で良いのかと思うと同時にSNS上や人を介して自分が思っていることを理解してもらう風潮はあまり良くないのではと思います。
何事においても、“自分はこういった想いをもって、こうしたい!”といったその人の中にある考えや想いを自分の言葉で相手に伝えることをしていった方が良いと思い、後から自分にとって不利益なことになった際にだけワーワーと騒ぐことは、僕からするとお門違いでズルいことだと捉えています。
社会の風潮がそういった方向に向かっているだとか、素直に生きることが損をする世界ではなく正直に物事を伝えることや行動を起こす人が報われるようになっていく方が、僕からすると理想的な世界なのではないかと考えると同時に、その人の人生の主人公は本人であってイニシアチブを自らとっていかなければ誰の人生を送っているのかと思います。パソコンを見ている僕

 

月曜日の朝起きたら39℃まで体温が上がって頭痛と関節痛もあって、そこから木曜日の夕方まで最低限のこと以外は何もせずに過ごす中で月曜と火曜に訪問診察を受けてコロナ・インフルの検査を行ったのですが、結果はマイナスにも関わらず朝になると39℃を超えて解熱剤を飲んでやっと37℃の平熱まで落ち着くのが繰り返されていました。
明確な原因はわかっておらず、ただ自分の中では日曜日に来てくれた介助者が頭痛を訴えていたことが頭の中でチラついてもしかしたらそこから感染して自分の免疫が落ちていた所に入り込んで悪化してしまったのではないかと思いながら、どうであれ体調を崩す時は仕方がないとポジティブに捉えるように心がけています。
少し鼻につくような言い方になってしまいますが、普段からYouTube shortやTikTokやブログやこれから発売する絵本やそのキャラクターのアクリルキーホルダーなどを行っているので、本当に今回のように自分で原因がわからない体調の崩し方が一番精神的にもつらくて人手不足の中で介助に来てくれることはありがたい反面で、少しでも体調が悪い時は休んでもらった方がありがたいと今回改めて強く感じました。
この世の中はいろいろな人が助け合って成り立っていると考えているので、善意で取った行動が本当にプラスに働くとは限らない場面がどうしても出てきてしまうので、そこで重要なのは相手のことを考えて自分が嫌われても強く伝えるべきことを言葉にすることだと、僕はここ最近になって改めて感じます。
人から支えてもらうことの方が多い僕に取っては、この考えを持つことは自分の首を絞めることと同じくらいのことだと自分でも想像していると同時に、長い目で見た時に1日でも長く関わってくれることの方が僕にとってはとても嬉しいことなので、関わってくれる人の体調やそれ以外のさまざまな状況を優先した上で介助に入ってくれることがベストだと考えています。
この話の根源にある課題はやっぱり“人材不足”と“働き甲斐”をもっと解消していかなければいけないことで、国として福祉現場の最低賃金を上げることもひとつの手段だと同時に、極端な考えになってしまいますが“期間限定の福祉現場での労働”を定めてしまえばいずれ介護される側になった時のことや、経験値として積んでおくのとそうでないのとではきっと考え方が大きく変わる可能性があるのではないかと僕は考えています。
決して僕のように障害を持って生活を介助者にサポートしてもらっている人が偉いと言いたいわけではなく、今10代・20代の人であってもどこかで事故や病気で障害を持ってしまうことや、高齢になって確実に人の手を借りて生活や自分がやりたいことに向き合う可能性はゼロではないのだから、早い段階から自分が人の力を借りて生活や成し遂げたいことに向き合う機会があっても良いのではないかと考えています。
勘違いをされても良いと言う思いで書くと、僕に関わってくれる人や今まで出会ってきた人の中で“相手のことを考えていない”人が少なからず存在しているのを目の当たりにすると、社会って人と人とが支え合って成り立っているのにそれに気づかないで、目の前の人のことすら考えないで自分のことばかり考えているのはどう言った思考回路を持っているのだろうと理解に苦しみます。
もちろん極端な自己犠牲をしてまで相手のことを優先するのは別だと思いますが、僕も含めてまだ何も成し遂げていない人が自分を優先して行動や発言するのは後から人にサポートしてもらえる可能性を低くしていると、僕はそれで良いのかなぁと思うことがあります。
自分がこれまで積んできた経験が全て正しいことだとか、出会って関わってくれた人が全員素晴らしい人間だったとかは一切思っていないのと同時に、そこに対して自分が恥じない行動やなるべく相手のことを考えた上での発言をとっているつもりで、それらは全て自分が良く見えたいといった気持ちからではなく社会で生きていくためにはそうしなければと考えています。高熱を出してベッドの上にいる僕

 

今週は高熱がでたこともあって、YouTube shortやブログやラジオの回数が減ってしまったことから精神的に負荷がかかって思いや考えをアウトプットできなくて、やっぱり健康第一で自分で決めたルーティーンを行っていくことと、人と会う機会に対して時間と力を使っていけるように体力をつけていかなければと考えさせられました。
ここ最近、毎月のように何かしらの原因で熱を出すことや喉を痛めることなどが続いているので、基本的な生活習慣といろいろなことを改めて自分で見直しながら主治医に相談して継続性がある活動にしていかなければと強く思います。パソコンを見ている僕

 

黒い背景の上に赤く塗られた丸があって、その上に銀色の星形がありその上に黒字でmy、青い字でactionと記されたロゴが中央に

My Action General producer・Performer Sugiyama.

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