桜の木の下にいる僕

桜の儚さと重なる自分の人生…。

早いもので3月が終わって一年の3分の1が過ぎ去ったことを考えると本当にあっという間で、いろいろな出来事が起きたと振り返りながらも“今”と“明日”のことを常に考えて何をして行動に起こしてカタチとして残していけるのかと思いながら、一生懸命が過ぎて自分でも少し引いてしまいます。
日曜日には国立の駅前に咲いている桜を見ながら、五反田Candyで会ったフルート演奏者の日野さんとその日に行われた演奏会を聴きにきた人と一緒にお酒とおつまみを肴に楽しいお話を交わすことができて、短い時間で車椅子から降りてレジャーシートの上に横になって身体が痛くて日差しが徐々に顔に当たっていく中でもとても楽しい時間でした。
本当に人との繋がりは大切で簡単には築けるものではない反面で、何かのことで一瞬にして壊れてしまう可能性が高いものなのですごく“その時”を大切にして目の前にいる人としっかりと向き合うことが以降の関係性に大きく響いてくると改めて考えさせられました。
今週は月曜日にすごく晴れて天気がよかったですが週の半ばは雨が降ったりとしていることから、せっかく綺麗に咲いた桜が散ったりしてしまうと考えると本当に儚く一瞬にして綺麗な状態を保つことに一生懸命なのだと思うと、自分を見ているようでどこか切なく感じています。桜を見ている僕

 

今日4月1日で両親の元を離れて地域で介助者に重度訪問介護を24時間利用してから、なんと20年を迎えることができました!!
まずは、去年亡くなってしまった中西さんに重度障害があっても施設や親元ではなく地域で生活ができるように国を動かして制度をつくってくれたことに対してや、僕が小学校1年生ごろの時に母親に対して、「この子は将来、絶対にお母さんの手から離して生活させた方がいい」といった言葉をかけてくれたことなどに感謝します。
その言葉がなければ僕の両親の中に“自立生活”という考え方が存在することなく、きっと親と一緒に生活するかどこかの施設に入って生活している可能性が高いことを考えた時に、今のようにMy Actionとして自伝・YouTube・TikTokや絵本などのツールを使って自己表現することや、障害がない人と同じように遅くまで起きていることやお酒を飲むことをやれていなかったと思うと、改めて今の生活が成り立っていることに感謝しています。
正直なところ20年も自立生活が続くとは思ってもいなく、ここ10年近くは介助者不足や生活をスタートした時と介助者との年齢差が逆転していることなど様々なことが経験として残って、楽しいことはもちろんのことそうでないこともたくさん乗り越えて来たそばには介助者や家族やヒューマンケア協会のスタッフのサポートがあったからだと思っています。
ここ数年は社会を見た時にも言えるように、少子高齢化の影響で若い人が少なくなって障害者福祉に関心を抱く人が減って介助者として働いてくれる人が減ったのは、生活している中で痛いほど感じているとともに、親元や施設から地域で自立生活を選ぶ障害や病気がある人が年々減ってきていることも感じています。
その要因はなんだろうと考えた時に、いくつかある中の一つとして家族関係が以前よりも良いということが挙げられるのではないかと考えて、決して僕が両親との関係が悪いから地域で自立生活をはじめたわけではなく、僕の場合は自分も両親も年齢を重ねてから自立生活をはじめるよりも若い段階でスタートした方がお互いにとって楽なのと、それぞれがやりたいことに時間を使えるといった思いがありました。
自立生活を初めて20年を振り返った時にいろいろな思い出がある中で、介助者として僕の生活をサポートしてくれていた人が就職した後も食事を一緒に食べたり、相手が結婚する時にわざわざ僕の元まで報告をしに来てくれたり結婚式に呼んでくれたりと、他にも学校訪問として福祉系のゼミの先生が授業をさせていただくことなど本当に人との出会いや繋がりによって、僕の生活や活動が成り立っていると感じます。
極端に言えば、今まで関わって来てくれた人が本当に良い人ばかりに囲まれていたからこそ僕が曲がった考えを持つことや、時に誤った道を進もうとしている時に止めてくれることなどがあったので感謝しても足りないほどたくさんのものをいただいてきたと思うと同時に、僕もきっとほんの僅かながらも関わってくれている人たちに対して何かしらのことを返せているのではと、この文章を書いていて思いました。
とは言うもののまだまだ全然何も返せていないと言っても良いほど、僕にはまだやるべきことがたくさんあって障害や病気を持っている人がこれから社会に出て生活する時や、そういった人たちのことを知らなく関わったこともない人たちに対して、絵本やブログやYouTubeなどを通して存在を知ってもらうことしか僕にはできないと思うと同時にそこに対して一生懸命向き合っていこうと改めて心が燃えています。
先天性の障害で、この40年間で一度も自分の足で歩いたことや手で何かを持ったことはない中でも“後悔”も同時に一度もしたことがなく、障害を持って生活していることに心から誇りを持っていることは意地を張っているとか、格好つけているわけではありません。
こんな変わった人がいることを少しでもいろいろな人に知ってもらって同時に、障害や病気を持っている人に対しても今は苦しいかもしれないけれど行動し続ければきっと誰かが手を貸して、やりたいことを一つでもカタチにしていけると思ってもらえたら僕はすごく生きてよかったと感じます。桜をバックにしている僕

 

ここ数週間になって花粉の種類が変わったようで、目の痒みは少し落ち着いたものの咳がずっと止まらなくて一度で始めると介助者に指示を出すことができなく、本当に面倒な身体だなと思いながらもなんとか毎日の声出しと深呼吸は続いています。
なるべく外に出るようにして、用事がなくても太陽の光にあたって体内から健康になるように心がけてこのまえの肺炎で苦しい思いをしたので繰り返さないように、できることは毎日継続して健康な状態を保ちつつ活動を絶えることなく続けていきたいと思っています。駅のホームにいる僕

 

黒い背景の上に赤く塗られた丸があって、その上に銀色の星形がありその上に黒字でmy、青い字でactionと記されたロゴが中央に

My Action General producer・Performer Sugiyama.

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