緑の芝生を背にしている僕

人と向き合う時間が持つ本当の価値…。

先週末に国立にお花見で出掛けて良かったと思う程、少しづつ桜が雨によって散っていくのを見ていると本当に一瞬で咲いては散ってと儚いモノだなと感じながら、だからこそ価値があって他の花よりも特別扱いされているのだと思いました。
桜の種類によって色が微妙に違うのはきっとAIでは出すことが難しく、自然ならではのキレイな色や目に映る時の細かな色合いを直接見ていると改めてデジタルで作られたモノよりも価値がついて、人がたくさん集まる待ち合わせ場としての役割がさらに強くなっていくのではと思いました。
夏のひまわりや秋の紅葉なども、本当に一瞬でキレイに咲いていると思っていたらすぐに枯れてしまうので目の前のことに一所懸命になりがちなので、少し速度を落としてぼーっとする時間の中で季節の移り変わりに目を向けて、そこからまた新たなアイディアが浮かんでくることもあるので大切にしていけたらと思っています。桜の木の写真

 

4月1日にかれこれ10年以上関わってもらっている学校の先生と飲みながらいろいろと話をする中で、今年度の授業についてや学校教育の在り方から今の社会に関することまでさまざまなことを話している中で、改めてオンラインでのやり取りではなく同じ空間で話をすることの楽しさとそこから得られるモノの大切さを感じました。
昨年度は結局のところオンライン1回とオフライン1回のみの交流授業を行えず僕の中では消化不良になっていることを伝え、今年度は少しでも多くの時間を子供達と共有することでひとつのことを行う時に、障害を持っている僕が参加するために必要な配慮や工夫を子供達を中心に僕や先生も一緒に考えていければといった話をしました。
市町村やそこにある学校や勤めている先生によって変わってくるのですが、インクルーシブ教育やダイバーシティといった名前だけの授業を行うことよりも実際に障害を持っている人と関わる時間を多く作ることと、パラリンピックに出場した人でなくても同じ地域に生活している障害を持った人に来てもらうことで“役割”を担ってもらうことが、障害を持っている人にとっても生活していく上で責任感を持ってもらうことにつながるのではと僕は考えています。
インクルーシブ教育やダイバーシティの考え方を否定するつもりはなく、同時に大切になってくるのは行う内容や交流をしている子供達と僕のような障害を持っている人との間にある壁を薄くして、その瞬間は難しくても5年後や10年後に一緒に行ったことを思い出してくれるようになればといった想いが大切なのではといった話をしていました。
これまで何度か学校へ出向いて交流させていただく中で、牧野先生が話している時に落ち着きがなくしっかりと話を聞かない子供が何度かいた経験があって、そこだけ切り取ってしまうと“ダメな子”として見られてしまう一方で、僕自身もそういった落ち着きがない生徒だったので気持ちは理解できると同時に得意なことを先生や周りにいる大人が気付いてあげることが大切だと僕は考えています。
バランスよく学校で行う科目をできる子も素晴らしいと思うと同時に、その子が好きなことや得意なことを活かして大人になった時にそのことで働いて生活できるように力を伸ばしていけるようにするのが、僕は本来あるべき姿の学校教育なのではないかと思いながら今年度も子供達と関わる時には一生懸命向き合おうと思います。
いろいろなAIやテクノロジー機能を積んだ便利なモノがたくさん出てきているおかげで、僕の生活は便利になっていくと同時に人と直接関わることがこれから先においてすごく価値や学ぶものが多いことだと、徐々に気づいてそこに時間を割く人が多くなってくるのではないかと僕は考えています。
ファッショやグルメにしても一度流行したものは、廃れた後にまた一周して流行することと同じように直接人と話すことの価値も一周してそこにシフトを戻すように社会全体が向くような気がして、そこに対して今の段階からアンテナを張って準備をして動ける体制をとっておくことがすごく大切になってくるポイントのひとつだと考えています。
学校教育に関わる先生以外の大人が、地域にいる子供や親戚にいる子供に対して日頃から積極的に話すことと“上から目線”になったものの言い方をなるべく避けて、子供から学ぶことがあることに気付いて“教えてもらう”といった姿勢を取れるかどうかが、僕ら大人としての必要な力のひとつになってくると僕は考えています。
社会にはいろいろな人がいることは当たり前で、その数と同じ価値観や考え方が存在していることに対して否定から入らずに自分の思考を柔らかくして、僕も含めてどこまで柔軟的に物事を考えて対応していける力をつけていけるかが、どんな職業に就こうが感情が違ってもそこを意識している人とそうでない人では大きな差が出ると僕は思います。
もうひとつ大切になってくるのは、どれだけ多くの経験を積んでいくかどうかで失敗することに怖さを捨てて挑んでいくことで自分の中に吸収して、次の物事に向き合う際に吸収したことや考えを活かして自分の夢をカタチにすることや、人を助けることに積極的になっていけるかどうかだと僕は考えているので、身体を大事にしながらもひとつでも多くの経験を積んでいきたいと考えています。“My Action”のロゴを背にしている僕

 

2日の夕方には新しい介助者が入ってくれて、これから日曜日の日中の時間を埋めてくれることになっていることに対してはすごく感謝の気持ちでいっぱいなのと同時に、積極的に関わろうとしてくれる姿勢がある方ですごく好印象の裏には、初回からそんなに飛ばしてしまうと長く続かないのかなぁと思ったので本人にもその思いを伝えました。
消極的な姿勢の人よりは積極的に関わろうとしてくれる姿勢の方がすごく嬉しいのと、ここ最近の介助者として働いてくれる人の傾向としては珍しいものを感じたので本当にいろいろな人がいて様々な考え方や価値観を持っているのだと、改めて勉強になったと頭の中でグルグルと考えが回っていました。
せっかくたくさん働きたいと熱い思いを持って言葉にして、介助の方法を早く覚えて慣れていきたいといった言葉を聞いた時にある程度こちらで速度を落として1日でも長く続けてもらえるようにしていくことも、利用者や先に生きてきた者としての役割だと思いながらこれからゆっくりと関係性を作っていければと思っています。足の上から撮影した写真

 

 

黒い背景の上に赤く塗られた丸があって、その上に銀色の星形がありその上に黒字でmy、青い字でactionと記されたロゴが中央に

My Action General producer・Performer Sugiyama.

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