先週はブログをお休みしましたが、約3年ほど毎週書いているものを書かないとかえって自分のメンタルコントロールが崩れてしまうことに気がつくことができました。
大きなトピックスがあまりなく九州地方・沖縄方面を強い勢力の台風が過ぎていって、僕が住んでいる東京でも強い大雨が降って気圧の変動が激しく、それにより体調とメンタルが不安定になっていた一週間でした。
9月も2週目になってまだまだ残暑が続いていておそらくこれから台風が関東地方を襲うと考えると、あまり大きな被害がないことを願うとともに自分の体調やメンタルを維持して、生活を確立していくことに集中していきたいと思っています。
今週もおうち時間がほとんどで、その中でスタエフのKentaro Channelを通して自分の想いや考えを発信したり新しく作ってもらっているContents Lineup PVの完成途中の確認をしたりしていました。
PVの中身は完成し次第アップしますので楽しみにしていてください。すごく完成度の高い映像になっていて嬉しいのと自分が頭の中でイメージしていたものが”カタチ”となって具現化されることの喜びを感じました。
映像だけでなく歌も同様で、僕が作詞したものに“音”というエッセンスがコーティングされることで詞の中にある言葉たちに意味や意志がつくことにより、人に届ける時に僕が込めた”想い”が伝わりやすく共感してもらいやすいと考えています。
ネット及びSNSが生活の中に当たり前のように入っている現在、パフォーマーとして人前で歌を披露する機会はコロナ禍でなかなか難しい状況でどうやってMy Actionの活動を継続していくのか・僕のような障害を持った仲間が社会で活躍していけるのかを常に考えながら意識しています。
ただでさえ、他のアーティストを見た時に今までのようなライブやイベント開催が難しい状況である中で、ハンディキャップを持ちながら活動していくことはかなりたくさんの試行錯誤を行った上で、自分が納得しさらにそれらを見てくださっている方々にも共感や感動や笑いを提供できるステージやクオリティを作っていかなければと思っています。
日常生活の中で介助者や他の人とコミュニケーションを取りたいという気持ちが強い僕は、最近強く感じることがあります。
コミュニケーションを図ることが得意な人と、苦手な人がこの世界には存在していてこちらからあまり強く押し付けると、○○ハラスメントとすぐに言われることが増えてきていて表面上の当たり障りのない関わりが主になってきていて、それが”スタンダード化”してきていることが本当によいのかと疑問に思います。
僕としては、自分とフィーリングがマッチしない人とでも一回は心を開いてお互いが思っていることや感じていることを伝え合う場を自身で作ることが、お互いの人としての高め合いにつながっていくと考えています。
それは、僕の場合でいうと介助者との関係の中でも言えることです。表面上での関わりというのは相手からこちらに伝わってきます。身体的な介助だけ行ったり完璧にできる人は僕は望んでおらず、繰り返しになってしまいますが“人間と人間の関わり合い”を望んでいます。
ですがその考えというのは現在の社会にある考えとは逆行しがちなのではないかと思っています。
一昔前にあったスポーツ根性論というのが今では通じなくなってきていて、教育の現場でも少し強い言葉で指導することが難しくなってきています。僕はそれに対して、創造性や思考力がある人間を育むことができないと想います。もちろん人への思いやりや助け合いの心は必要不可欠な一方で、相手を通じて自分を高める力や精神が欠けていると強く感じます。
その背景には、世界から見た時に日本はとても裕福で食べ物も溢れていて最低限のQOLは保たれていると思います。その一方で恵まれ過ぎているという側面も現実として存在しハングリー精神が一人一人の中に低いものとしてあり、他人への関心が低いことに繋がっていると思います。
My Action General producer・Performer Sugiyama.